The 23rd JAPAN TENT
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23 JAPAN TENT 夏期大学留学生国際シンポジウム「世界をつなぐジャパンテントの絆」会場/北國新聞赤羽ホール歌には「言葉」がある(山折)日本は治安が安定し、犯罪が少ないと言われていた。ところが20年ほど前から、子供たちによる凶悪な犯罪が発生し始めました。この10年間で子殺し、親殺し、自殺、虐待がたくさん起こっていると感じませんか。 今から20年前、ある新聞に若いお母さんからの投書が載りました。「子供に子守唄を聞かせていたところ、子供がむずかりだし、布団をかぶって拒否反応を示した。これは一体どうしたことだろう」という内容でした。私はそれを見て、不思議なことがあるものだと思っていました。 やがて、「毎日のようにテレビから流れるコマーシャルソングの影響ではないか」と言う人が出てきました。「明るく、リズミカルなコマーシャルソングばかりを聞かされているために、童謡や子守唄の哀しい旋律、静かな旋律を子供たちが聞くことができないのではないのか」というのです。 そのとき私は思いました。いつの間にか、子守唄や童謡に代表される短調の旋律、悲哀の感情をしのばせた唄が歌われず、明るく、にぎやかな音楽ばかりを聞きながら育ったために、子供たちは童謡や子守唄を聞いても感動することができなくなっている。そのため、心が荒れて、少年犯罪が多くなったのではないのかと。 戦後は、童謡や子守唄への関心が薄れてきましたが、子供の心、大人の心を育むうえでは、童謡や子守唄は重要だということが、次第に自覚されるようになり、今日まで来ています。そのリーダーが西舘さんです。(西舘)子守唄や日常の歌が消えたあたりから犯罪が増えてきたのは、日本に限らず世界的な現象です。韓国も中国も犯罪が増え、虐待も増えています。たかが歌ですが、歌には「言葉」があります。子守唄によって、人間は心を育てていくことができる。悲しみや挫折を知ることが、実は心を育てていく。負の部分を知ることが、人間の一番基本であるべきだと思います。(青木)武田鉄矢の歌で、「人は悲しみが多いほど、人には優しくできるのだから」という歌があります。それが大事だと思います。(西舘)「シャボン玉」という歌をお届けします。野口雨情が作詞した「シャボン玉飛んだ、屋根まで飛んだ」という歌ですが、これは負の部分でも最も悲しい「死」に対する歌です。 日本語は、「言ことだま霊 」を持っていますが、お母さんが子供を抱いて歌うことが、大きい心を育てる要因だと思います。(山折)私は母親とは相性が合わず、よくしかられました。母はがん性腹膜炎で68歳のときに入院し、あと数日と医者から宣告されました。最後の数日、母の枕元に立っていると口元が動いている。耳を近づけると「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えている。寺の娘に生まれた母が、最後の瞬間に念仏を唱えているのを見たとき、子供のころから馬が合わなかった関係が和解した。「母」というのは大事なのだと、そのとき初めて思い知った。最後の最後に、母の心に触れて、私は救われました。 人間は「死」に直面したときに本気で人間のことを、お互いのことを考える。民族と民族、国と国においても、危機的な状況になったときに人間は本気で考え始めるのではないか。そんなことを今考えます。歌から学ぶ命の尊さ(青木)私は、死の瞬間にしか真実はないと思う。そこでしか命のバトンタッチはできないと思う。例えば、アンデルセンの「マッチ売りの少女」という童話があります。少女はかじかむ手で売り物のマッチを全部燃やしてしまう。その火の中に死んだおばあちゃんが出てきて、導かれるようにして亡くなる。その次がすごいのです。「翌朝、少女はほっぺを真っ赤にして、にっこりほほ笑んで死んでいました。そのことを町中の人は誰一人知りませんでした」。これはアンデルセンでないと書けない。 宮沢賢治には「永訣の朝」という詩があります。死にゆふるさと愛、歌の尊さ、語り合うコーディネーター 山折 哲雄宗教学者・評論家パネラー 青木 新門作家・詩人

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