The 23rd JAPAN TENT
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24く妹に「みぞれを取ってきて」と言われ、取ってきて口につけたりする。けれども亡くなる。そんな臨終の場から生まれたのが、宮沢賢治の最高傑作と言われている「永訣の朝」「無声慟哭」「松の針」という一連の挽歌です。(山折)日本の仏像の特色の一つは目にあります。インド、中国、東南アジアの仏像の目はかっと見開かれている。ところが、日本の仏像の多くは半眼です。見開いても、閉じてもいない。これはなぜなのか。 私の解釈では、人間はだんだんに死を迎える。目を見開いて生きている状態から、だんだん衰えて半眼の状態になり、最後は目を閉じる。半眼は生きている世界と死にゆく世界の両方をじっと見つめている目で、この世とあの世、過去と未来をじっと見つめている。だから、日本の仏像の半眼の目は深みがあり、少し恐ろしいような雰囲気をたたえているのだと思います。 結論を言うと、人間が死ぬことはプロセスなのであり、どこかでぷつんと切断することはできない。プロセスを体験する中で、人生のありがたみを感じながら別の世界に移行していく。仏教ではこのプロセスが大事にされているので、半眼の仏像が生み出された。私はそう考えています。母がふるさとの基本(西舘)私たちはみんな、ふるさとを持っています。そこにしかない風と土、文化、気候、食べ物という意味で、風土とはふるさとだと思います。ふるさとのない人はいない。母がいて、父がいて、兄弟がいて、必ず関係のある人間がそこにいる。いなければ思い出が残っている。(山折)童謡や子守唄の第一の主題は「ふるさと」だと思います。ふるさとの中で、必ず出てくるシンボリックな風景があります。それは夕日です。日本の代表的な子守唄、詩、短歌、絵画には、必ず夕日が出てくる。ヨーロッパ大陸、インド大陸、アメリカ大陸でも夕日を見たことがありますが、日本海側から見る夕日は最高です。皆さんもぜひ、この金沢の地で夕日を楽しんでください。ふるさとのシンボルです。その代表的な童謡が「夕焼け小焼け」です。今から80年ほど前につくられた歌ですが、日本人の95%はこの歌を歌って青春を過ごし、中年を過ごし、老年を過ごし、死を迎える。いわば、人生の歌です。「夕焼け小焼けで日が暮れて」。この最初の1行がすごい。じーんとしてくるのです。(西舘)山折先生は子守唄について話すとき、「親のない子は夕日を拝む、親は夕日のまん中に」とよく言います。日が暮れていくとき、子供の手を引きながら家路につくのは、ふるさとの思い出と重なります。(青木)私の原点も夕日です。5歳のときに中国へ行き、終戦を迎えたのは8歳でした。母は病気になりました。妹は3歳で死に、火葬場にぽんと置いてきました。そのとき見上げた夕日、中国大陸の真っ赤な夕日は今でも覚えています。 夕日で思い出すのは、三木露風の「赤とんぼ」です。30数歳でつくった歌ですが、露風が小学校のときにつくった俳句、「赤とんぼ、とまっているよ、竿の先」がそのまま使われています。少年の日に、お父さんが事業に失敗し、北海道へ屯田兵として行く。お母さんは、そんなところには行けないということで、露風を「ねえや」に預けて家出する。その「ねえや」がお嫁に行ってしまうとき、小学校の帰りに川の堤にとまっていた1匹の赤とんぼを見てつくった俳句です。赤とんぼの向こうに見えた夕日が、光となり、体を生涯貫いていく。そして、自分を捨てていったお母さんは、やがて東京へお嫁に行く。お母さんの墓は明大前にありますが、そこには晩年になった露風が自筆で「赤とんぼの母の墓」と書いています。生涯、お母さんを追いかけているのですね。(西舘)誰も若いときは母親が大事と思わない。けれども母は永久にその人を育てる基本だと思う。母というのがふるさとの基本であり、ふるさととはやはりお母さんだと思います。 歌が歌えるのは本当に平和の象徴です。「赤とんぼ」をみんなで歌ってお別れしましょう。皆さんの中で、「ふるさと」を知っている方は、一緒に歌ってください。これからも子守唄を通じて、「ふるさと愛」を世界に広げてください。第1部 特別トーク「ふるさと愛・子守唄」協力/石川国際民商事法センターパネラー 西舘 好子NPO法人日本子守唄協会理事長飛び入りで「ふるさと」を歌うカメルーン出身のンカウア・アガサさん(右)
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