The 24th JAPAN TENT
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27(大内)ジャパンテントの初日、飛田会長の基調スピーチで「バタフライ効果」という言葉が出てきました。「小さなチョウの羽ばたきが、やがて大きな結果をもたらすという意味でした。 その例として、映画「TAKAMINE〜アメリカに桜を咲かせた男」を観ました。高峰譲吉博士は、消化剤のタカジアスターゼや止血剤のアドレナリンを開発した人です。1912年にアメリカのワシントンに桜を贈り、来年、100年を迎え、まさに日米交流の絆になっています。 もう一人、金沢生まれで「技術者に国境はない。技術者を大事にしない国は滅びる」と言って、占領下の台湾で大変な功績を残したのが八田與一技師です。 基調スピーチの「ふるさと愛」、映画「TAKAMINE」、そして八田技師から何を学んだのかを最初に語り合いたいと思います。 カルロス君は実際にポトマック河畔の桜を見たそうですが、どうでしたか。教えてください。(カルロス)2006年にワシントンでインターンシップを6カ月ぐらいした時に見たのですが、桜の由来までは知りませんでした。(大内)ワシントンの桜のシーズンは、Cherry blossom Weekと言って、3月末から4月上旬にお祭りがあり、その期間だけホテルの値段も高い。僕は3、4回行ったことがあります。 次に八田技師については、台湾の留学生の皆さんが八田技師の出身地や生家を訪ねました。梁さん、紹介してください。(梁)八田與一さんを簡単に紹介します。金沢に生まれ、東京帝国大学土木科を卒業後、台湾総統府土木部に就職しました。当時の台湾は干ばつに苦しんでいましたが、八田さんは台湾の人たちのために灌漑事業を行い、10年を経て、当時としてはアジア最大級の烏山頭ダムを造りました。不毛の土地だった嘉南平原を、台湾最大の穀倉地帯に変えました。彼の築いた烏山頭ダムは、完成から81年を経て、現在でも稼働しています。台湾にとって烏山頭ダムは貴重な文化資産です。台湾と日本、台湾と金沢は、八田與一さんとのゆかりの絆で結ばれています。(大内)台湾南部の嘉南平原は約15万haで、東京23区の約2.5倍の面積です。とてつもない面積ですが、飲み水も農業用水にも困っていたところにダムを造りました。ダムは川の堤防のように土を盛るロックフィルというタイプのダムで、「珊瑚湖」という美しい人造湖を造ることで嘉南平原を潤しました。当時は世界最大のダムで、技術的には大変なことでした。 ダムの近くに八田技師の功績をたたえる銅像が立っています。戦後、日本の統治が終わり、日本人の銅像は全部撤去されましたが、この銅像は今も地元の人たちにより守られています。今でも5月8日の八田技師の命日には銅像の前に人々が集まり、日台友好の礎となっています。 モハメッド君は映画から何を学びましたか。(モハメッド)ワシントンの桜のことも、高峰博士がアメリカとの絆を築いたことも知りませんでした。小さい行動でも大きな影響を与えるという点では、ジャパンテントも同じで、影響は後で出て来ると思います。(カルロス)私たち留学生300人は、2つの家庭でホームステイをしたので、ホストファミリーは約600です。家族は平均4人ぐらいですから、約2400人が留学生に会いました。家族には友達もいるので、石川県の3000~4000人が外国人に会い、いろいろな話をしました。これは本当に素晴らしい効果だと思います。 JAPAN TENT 夏期大学留学生国際シンポジウム テーマ「世界をつなぐ人の絆、友情の絆 〜東日本からのメッセージと石川からの提言〜」会場/北國新聞赤羽ホール 協力/石川国際民商事法センターコーディネーター 大内 浩金沢創造都市会議実行委員芝浦工業大学教授パネラーモハメッド・アーメッド・ダルウエッシケニア/長崎大学パネラーグティエレツ・カルロス・エンリケアルゼンチン/琉球大学
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